ラックは、サンスクリット語で10万と言う意味で、数え切れないほどたくさんと言うところから呼ばれたようだ。ラックカイガラムシは、ハナモツヤクノキ、イヌナツメやビルマネムなどの樹の枝先に包むようにびっしりくっつき、樹脂を吸い取る。インド、ラダック、中国南部、東南アジアで採れる。インドでは古代から布の染色、画用染料、塗料、装身具(腕輪)、封印用の樹脂として採取されていた。 染色では、濃く染めれば臙脂色、淡ければ青みがかったったピンク、桜色に染まる。南米のカイガラムシ、コチニ-ルには青味がなくスカーレット色をしているので、この二種類のカイガラムシの色合いは確かに違う。画用としては、油彩絵の具のレーキー(Lack Lake ラックレーキー)は、この色を素にしていた。インドでは細密画(ミニアチュール)に良く使われ、伝統の画家たちはクリムダナと呼んでいた。石灰下地の上に濃く塗って紫がかった赤、薄く塗ってやはり青みのピンク色になる。ラックカイガラムシを煮出して染料を抽出した後に残る樹脂がシェラック(Shellac)で、塗料になる。これを何度も塗り重ねて高級家具や英国王室の馬車が艶やかな臙脂色に仕上げられた。 江戸時代、日本には友禅などの染用及び画用として、主に中国から輸入されていたようだ。円形の綿に染ませて乾燥させた臙脂綿が、東京根津の日本画材屋さん、得応軒に今も残されている。数年前に大江戸博物館で催された円山応挙の展覧会では、画箱が展示されていた。応挙が日常的にに使っていた岩絵の具、泥絵の具の中に、確かに臙脂綿があった。臙脂色とはまさにこの色を濃く染めた色のことを言うのではないだろうか。小学校のころ使っいた水彩絵の具のエンジ色はあまり好きではなかったが、このラックカイガラムシの臙脂色は心から美しいと思う。