

織師プンノさんとの付き合いはもう19年。今回も一緒に手機で新作のタッサーシルクスカーフを制作しました。
銀鼠のタッサーにムガシルク、紬の経を入れた複雑で、華やかなスカーフが織れました。軽やかな手織りのジャケット、ワンピース、ブラウスと、この冬制作した黒くて華やかな作品を春一番に展示します。どうぞご覧ください。


織師プンノさんとの付き合いはもう19年。今回も一緒に手機で新作のタッサーシルクスカーフを制作しました。
銀鼠のタッサーにムガシルク、紬の経を入れた複雑で、華やかなスカーフが織れました。軽やかな手織りのジャケット、ワンピース、ブラウスと、この冬制作した黒くて華やかな作品を春一番に展示します。どうぞご覧ください。
織師との付き合いはもう18年になります。彼が、結婚する前の、当時18才からの長い付き合いになります。
今では三年生と一年生の二人の子持ちです。
彼は今、実家に家と仕事場を建てているので、ここ数日だけ工房で仕事をしています。
新作のタッサーシルクスカーフを制作中。銀鼠と紬をいれた複雑で、華やかな良いスカーフが織れています。
三月から、店に並ぶ予定。インドの工房より。
インドの工房 染め場状況 今回インドの工房に来た目的の一つは、茜染をすることです。 一週間ほど前の寒い夜に直樹さんがチキン味噌を作ってくれて、工房のみんなと食事をしました。食後、待ち構えていた犬たちが、鳥の骨を取り合って喧嘩したり、人に怒られてキャインキャインと大きく叫ぶ声がしました。その必死な様子が、いつになく激しかったのを覚えています。 さらに冷え込んだ翌朝、どこからともなくキュンキュンする小さな声がします。声の出処を探すと、子供らが、染場で、昨日の犬が子供を産んだのだと言います。行ってみると釜戸がすっかり占領されていました。 母犬は覗くだに歯をむき出して近づくことも出来ませんでした。 しかし今はもう、怒られないことが解ってか、優しい顔を見せてくれます。まるで微笑んでいるかのようです。 茜染の用意をしていたのに・・・。染め担当のビポットは、”別の場所に釜戸を作ろう” と言っていました。


タッサーシルクの糸を染め、服のデザインに合わせて織りました。
今年の、茜染めは大成功。二日かけてとても美しい色に染まりました。
ショスティさんは布の魔術師。日本人も顔負けの几帳面な縫製職人で、私たちが織りあげたどんな布でもカッチリ、キチンと仕上げてくれます。それもそのはず、彼は伝統織師の家で育ち、幼い頃からモスリン、ジャムダニ、カーディーなどの布に囲まれて育ち、手織布の性質を熟知しているのです。彼は、私たちがデザインした服を相談しながらひとつひとつ丁寧に作っています。それらの服は、彼のヒューマニティが伝わるぬくもりある作品になっています。
アナンダ工房のジャケットのボタンはみなオリジナルの手彫りです。服に合ったボタンをビポットさんが一つずつ作っています。ボタンホールは解け難い手かがり、ボタン付けもぐるぐる巻きにせずループにしてしっかりとかがり付けています。
*2012年3月、アナンダ工房の神田須田町店がオープン。近くには、神田藪蕎麦、アンコウ料理の伊勢源、鳥すきのぼたん、甘味処のたけ村など、食通の間で知られた老舗があり、神田老舗街と呼ばれる地域の中です。建物は関東大震災後、東京再生の時期、昭和3年建造の銅張りの看板建築です。当時、類焼を防ぐ意味で東京周辺の繁華街で流行った建築方法で、パレットと呼ばれる看板が正面上部に付いています。内部に使われている梁も太く、まだまだ健在です。友人の腕の良い大工の棟梁、石原さんと一緒に、時間をかけて改装しました。
外装は、元々の銅張りを生かして銅で装飾を加えました。対のライオン、ミナール、チャックラ、花びらなどは、私達がデザインして、インド西ベンガルの知り合いの銅工、Haru Korrmokal さんに打ち出してもらいました。東京のオアシス的な場所になればと、願っています。どうぞお出かけください。