
ある王様が大きくて立派な象を飼っていました。王様はその象をたいへん可愛がって、どこへ行くにもその象に乗っていきました。ところが、ある日突然その象が死んでしまったのです。王様はひじょうに悲しみました。できることなら象の亡骸をずっとそばに置いておきたいと思ったのですが、そうもいきません。王様は仕方なくその象を荒地に捨ててくるように命じました。翌日、五百人もの家来たちが象の足に太い網をかけ、それを引いて行きました。
その荒地には一匹のジャッカルが住んでいました。ジャッカルはこのところずっと獲物にありつけず、たいへんひもじい思いをしていました。そんなところへ大きな象が転がり込んできたのだから、ジャッカルの喜びようときたらありません。王様の家来たちが帰ってしまうと、すぐに飛んでってやわらかそうな象の腹のあたりにかぶりつきました。あんまり腹が減っていたジャッカルは、肉を喰い喰いついには象の腹の中まで入ってしまいました。そしてそのまま夢中になって喰い続けていました。こうしてジャッカルは二日も象の腹の中で肉を喰い、眠っていたでしょうか。
「腹もふくらんだし、さてここらで・・・」
ジャッカルは外に出ようとしてはたと困ってしまいました。二日の間日に照らされた象の皮はすっかり縮んで、穴が小さくなってしまったのです。腹のふくれたジャッカルは象の腹から出ることができなくなってしまいました。

ジャッカルが外を覗きながらどうしたらよいものかと考えていると、そこへ農夫が三人通りかかりました。ジャッカルは機転をきかせて象の腹の中から三人に呼びかけました。
「もしもし、そこへ行くお方、どうか王様のところへ行って、壺25杯のギー(バターオイル)を持ってきてわたしの体に塗るように言っておくれ。そうすれば私は再び起き上がって歩くことができるとね。」
これを聞いてたまげた三人の農夫は、王様のところへ駆けつけてこのことを言いました。王様はたいへん喜んでこう言いました。
「ギー25壺じゃ少ない、すぐに千壺のギーを持っていって象に塗ってこい。」
たちまち千人もの人夫が千個の壺を担いで行き、2千人もの人が寄ってたかって象にギーを塗りたくり始めました。それギー、やれギー、荒野ではギーよりほかの言葉は聞かれないほどです。
こうして7日も経つと象の皮もずいぶんゆるんで穴も広がってきました。出ようとすればもう出られます。ジャッカルは外のみんなに言いました。
「さあ立つぞ、よろけて倒れると危ない。みんなどいた、どいた!」
これを聞いてみんなは壺やらギーを放り出していっせいに逃げ出しました。
「逃げるにゃ今だ。」
頭の良いジャッカルはすばやく象の腹から飛び出して、森の中へと姿を消しました。
採録・再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子
※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。