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第9話『行者の生贄』

子のない王様と妃のところに、ある日、一人の行者ぎょうじゃがやってきてこう言いました。

「おまえたちには跡継あとつぎがなくてさぞかし困っているであろう。わしがひとつ良い薬を進ぜよう。これを妃に飲ませれば、二子の子供ができるはずじゃ。だが、そのうちの一人をもらいにくるぞ」

行者の言葉どおり、妃は二子の王子を産みました。

それから十六年たったある日、突然行者が現れて、上の王子を連れ去ってしまいました。約束とはいえ、王様と妃は胸がつぶれるほど嘆き悲しみました。

王子は城を離れるとき、一本の木を庭に植えてこう言いのこしていきました。

「この木が青いうちは、私も元気でいるでしょう」

旅の途中、王子は犬の子とたかを拾いました。

森の奥の行者の庵に行くと、行者は王子に言いました。

「さあ、これからはお前はここで暮らすのじゃ。どこへ行ってもよいが、北の森だけは行くなよ。あそこは魔物が出る」

ところが、しばらくしたある日、王子は一頭の鹿を追って北の森に入ってしまいました。

そこにはだれもいない古い城があって、美しい娘が一人で賽振さいふりをして遊んでいました。娘は王子を見るとにっこりと笑って、賽振り勝負を持ちかけてきました。

王子は勝負に負けて、犬の子も鷹も失い、しまいには自分までその娘の召使めしつかいの身になってしまいました。実は、この美しい娘というのは魔物で、城の人間たちは、みんな食われてしまっていたのです。

城では、上の王子が植えていった木がだんだん枯れてきました。

これを見た下の王子はすぐさま城を飛び出し、行者の森へ向かいました。

森に来ると、下の王子も鹿の誘いにのって魔物の城に行き、やはり、美しい娘と賽振り勝負をすることになりました。ところがです、今度は三度とも王子が勝ってしまったのです。魔物の娘は仕方なく、犬の子と鷹と上の王子を下の王子に返すと、こう言って命ごいをしました。

「行者の秘密を教えてあげますから、どうか命ばかりは助けてください。あの行者は、カーリー女神に、生贄いけにえとして七人の子供を捧げる誓いを立てているのです。あなたがその七人目なのですよ。」

王子たちは、行者の留守に庵に行き、そっとうら木戸きどを開けてみました。するとそこには真っ赤な血をたたえた池があって、中に六つの骸骨がいこつが転がっていました。頭骸骨は王子たちを見ると、けたけたと笑って言いました。

「お前たちも今にこうなるぞ。あの行者を殺すんだ。そうしたら俺たちも生き返る」

そして二人に行者を殺す方法を教えました。

それから、上の王子は一人で庵に座り、行者の帰りを待ちました。

しばらくして帰ってきた行者は王子を見て喜び、さっそくカーリー女神の前に連れていきました。

そして王子にこう言いました。

「さあ、足もとにひざまずいておじぎをするのじゃ」

王子は骸骨に言われたとおり、

「私は王子だ。ひざまずいておじぎをしたことがない。ひとつやってみせてください」

と言いました。

行者が「こうやるのじゃ」と言ってかがんでみると、王子はそのときをのがさず刀をとって、行者の首をずっぱりと切り落としました。すると、池から「ワーッ」という歓声かんせいがわきおこって、六人の子供たちがはい上がってきました。

子供たちは王子をとりまいて何度もお礼を言い、それぞれの家に帰っていきました。

それから、二人の王子も、父母の待つ城へと帰っていったのでした。

西ペンガル州 チョッビス・ポルゴナ県採話

再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。

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第8話『ゴルムハという魔物』

サンタル族のある村に、ソマイという男の子がいました。

ある日、ソマイは狩りに出かけました。そして夢中になって鹿を追っているうちに、ゴルムハの住む森に入りこんでしまったのです。

その森に足を踏み入れるやいなや、たちまちソマイはゴルムハにつかまってしまいました。ソマイは二、三日煙でいぶされてから、穴の中に閉じ込められました。それからカレーごはんやイモのゆでたもの、野菜などけっこううまい物を食わされました。

このゴルムハというやつは、顔は馬のようで体は人間のよう。足は一本しかないけれど、すごく速く走ることができるのです。

ソマイは穴の中から、ゴルムハがつかまえた人間をどうやって喰うかを見てしまいました。獲物が肥えて元気になってくると、ゴルムハは獲物を丸ごと油で揚げて、家の戸口に吊るすのです。そして家を出入りするたびに、そいつにかぶりつくのです。

ソマイはある晩、ゴルムハがこう言っているのを聞きました。

「屋根のカボチャも熟れすぎた。そろそろかち割って喰うとするか」

つまりこの「カボチャ」というのはゴルムハの親のことで、もう老いぼれたから喰ってしまおうと言っているのです。自分の親まで喰うなんて…。ソマイは恐ろしくなって、なんとかそこから逃げ出そうと思いました。

ゴルムハは獲物が喰いどきになると、並べて駆けくらべをさせるのです。そして一番になったやつから喰っていくのです。

とうとうソマイも、その駆けくらべをする日がきました。初めは、ソマイはわざとゆっくり走って負け、なんとかその日は難をのがれました。

でも、ソマイも充分太って、みるからにうまそうになったので、ゴルムハも、そういつまでも放ってはおかないでしょう。次の日も、やはり駆けくらべをさせられました。

ソマイは、今度は全身の力を振りしぼって、田んぼめがけて駆けだしました。そして、バシャパシャと田んぼの中を渡って行きました。

ゴルムハはあわててソマイの後を追ってきましたが、一本足なので田んぼのぬかるみにずっぷりつきささったまま、身動きがとれません。

ソマイは一生懸命駆けて、命からがら恐ろしいゴルムハの森から逃げだすことができました。

再話・挿絵:西岡直樹

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。