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第9話『行者の生贄』

子のない王様と妃のところに、ある日、一人の行者ぎょうじゃがやってきてこう言いました。

「おまえたちには跡継あとつぎがなくてさぞかし困っているであろう。わしがひとつ良い薬を進ぜよう。これを妃に飲ませれば、二子の子供ができるはずじゃ。だが、そのうちの一人をもらいにくるぞ」

行者の言葉どおり、妃は二子の王子を産みました。

それから十六年たったある日、突然行者が現れて、上の王子を連れ去ってしまいました。約束とはいえ、王様と妃は胸がつぶれるほど嘆き悲しみました。

王子は城を離れるとき、一本の木を庭に植えてこう言いのこしていきました。

「この木が青いうちは、私も元気でいるでしょう」

旅の途中、王子は犬の子とたかを拾いました。

森の奥の行者の庵に行くと、行者は王子に言いました。

「さあ、これからはお前はここで暮らすのじゃ。どこへ行ってもよいが、北の森だけは行くなよ。あそこは魔物が出る」

ところが、しばらくしたある日、王子は一頭の鹿を追って北の森に入ってしまいました。

そこにはだれもいない古い城があって、美しい娘が一人で賽振さいふりをして遊んでいました。娘は王子を見るとにっこりと笑って、賽振り勝負を持ちかけてきました。

王子は勝負に負けて、犬の子も鷹も失い、しまいには自分までその娘の召使めしつかいの身になってしまいました。実は、この美しい娘というのは魔物で、城の人間たちは、みんな食われてしまっていたのです。

城では、上の王子が植えていった木がだんだん枯れてきました。

これを見た下の王子はすぐさま城を飛び出し、行者の森へ向かいました。

森に来ると、下の王子も鹿の誘いにのって魔物の城に行き、やはり、美しい娘と賽振り勝負をすることになりました。ところがです、今度は三度とも王子が勝ってしまったのです。魔物の娘は仕方なく、犬の子と鷹と上の王子を下の王子に返すと、こう言って命ごいをしました。

「行者の秘密を教えてあげますから、どうか命ばかりは助けてください。あの行者は、カーリー女神に、生贄いけにえとして七人の子供を捧げる誓いを立てているのです。あなたがその七人目なのですよ。」

王子たちは、行者の留守に庵に行き、そっとうら木戸きどを開けてみました。するとそこには真っ赤な血をたたえた池があって、中に六つの骸骨がいこつが転がっていました。頭骸骨は王子たちを見ると、けたけたと笑って言いました。

「お前たちも今にこうなるぞ。あの行者を殺すんだ。そうしたら俺たちも生き返る」

そして二人に行者を殺す方法を教えました。

それから、上の王子は一人で庵に座り、行者の帰りを待ちました。

しばらくして帰ってきた行者は王子を見て喜び、さっそくカーリー女神の前に連れていきました。

そして王子にこう言いました。

「さあ、足もとにひざまずいておじぎをするのじゃ」

王子は骸骨に言われたとおり、

「私は王子だ。ひざまずいておじぎをしたことがない。ひとつやってみせてください」

と言いました。

行者が「こうやるのじゃ」と言ってかがんでみると、王子はそのときをのがさず刀をとって、行者の首をずっぱりと切り落としました。すると、池から「ワーッ」という歓声かんせいがわきおこって、六人の子供たちがはい上がってきました。

子供たちは王子をとりまいて何度もお礼を言い、それぞれの家に帰っていきました。

それから、二人の王子も、父母の待つ城へと帰っていったのでした。

西ペンガル州 チョッビス・ポルゴナ県採話

再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。

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第8話『ゴルムハという魔物』

サンタル族のある村に、ソマイという男の子がいました。

ある日、ソマイは狩りに出かけました。そして夢中になって鹿を追っているうちに、ゴルムハの住む森に入りこんでしまったのです。

その森に足を踏み入れるやいなや、たちまちソマイはゴルムハにつかまってしまいました。ソマイは二、三日煙でいぶされてから、穴の中に閉じ込められました。それからカレーごはんやイモのゆでたもの、野菜などけっこううまい物を食わされました。

このゴルムハというやつは、顔は馬のようで体は人間のよう。足は一本しかないけれど、すごく速く走ることができるのです。

ソマイは穴の中から、ゴルムハがつかまえた人間をどうやって喰うかを見てしまいました。獲物が肥えて元気になってくると、ゴルムハは獲物を丸ごと油で揚げて、家の戸口に吊るすのです。そして家を出入りするたびに、そいつにかぶりつくのです。

ソマイはある晩、ゴルムハがこう言っているのを聞きました。

「屋根のカボチャも熟れすぎた。そろそろかち割って喰うとするか」

つまりこの「カボチャ」というのはゴルムハの親のことで、もう老いぼれたから喰ってしまおうと言っているのです。自分の親まで喰うなんて…。ソマイは恐ろしくなって、なんとかそこから逃げ出そうと思いました。

ゴルムハは獲物が喰いどきになると、並べて駆けくらべをさせるのです。そして一番になったやつから喰っていくのです。

とうとうソマイも、その駆けくらべをする日がきました。初めは、ソマイはわざとゆっくり走って負け、なんとかその日は難をのがれました。

でも、ソマイも充分太って、みるからにうまそうになったので、ゴルムハも、そういつまでも放ってはおかないでしょう。次の日も、やはり駆けくらべをさせられました。

ソマイは、今度は全身の力を振りしぼって、田んぼめがけて駆けだしました。そして、バシャパシャと田んぼの中を渡って行きました。

ゴルムハはあわててソマイの後を追ってきましたが、一本足なので田んぼのぬかるみにずっぷりつきささったまま、身動きがとれません。

ソマイは一生懸命駆けて、命からがら恐ろしいゴルムハの森から逃げだすことができました。

再話・挿絵:西岡直樹

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。

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第7話『壺の巨人』

第7話『壺の巨人』

ある村に、大変貧乏な漁夫がいました。漁夫は、わずかばかりの魚をとって、細々と暮らしていました。

ある日、漁夫がいつものように川で網を打っていると、いつになく重い手ごたえがありました。これは大きな魚に違いないと思って引き上げてみると、それは古びた土壺でした。

漁夫は「まあ、土壺でもいい。売ればいくらかの金にはなるだろう」

と思って手に取ってみると、壺にはかたく蓋がしてありました。それをこじ開けようとしたとたん、壺の口からフシュフシュと煙が出てきました。

驚いた漁夫が少し身を引いて見ていると、煙の中から一人の巨人が現れ

「さあ、おまえを喰ってやるぞ」と言いました。

漁夫はあわてて言いました。

「わたしがあんたに何をしたというんだ。壺から出してやったこのわたしを、あんたは喰うというのか?」

すると巨人は、天が割れるような大声で笑って言いました。

「わはは、壺から出してくれと頼んだ覚えはない。つべこべ言うな」

怖くなった漁夫は、どうしたらよいものか考えて、こう言いました。

「わたしを喰うのはいい。でも、あんたのように大きな男が、どうやってあの小さな壺に入っていたのか、頭の悪い私にはどうしても信じられない。ひとつやって見せておくれ」

巨人はわははっと笑って

「それでは見ていろ」と言うと、すうっと小さくなって、再び壺の中に入ってみせました。

漁夫はそのときを逃さず、すぐさま壺にかけより、きっちりと蓋をしてしまいました。

「どうだ、ざまあみろ」

 漁夫が笑ってこう言うと、壺の中から巨人のいかにも哀れな声が聞こえてきました。

「どうかここから出しておくれ、出してくれればお前にたくさんの宝物をやろう。決しておまえをだましたりはしない」

漁夫はもともと心根のやさしい男だったので、巨人を哀れに思い、もう一度蓋を開けてやりました。

巨人は、煙とともに出てくると、今度は漁夫にたくさんの宝物を渡して、すーっと姿を消してしまいました。

こうして漁夫は、その後何不自由ない暮らしを手に入れたということです。

西ペンガル州 チョッビス・ポルゴナ県採話

再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。

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第6話『追い出された嫁たち』

あるバラモンに一人の息子がありました。その息子のところに五人の嫁が来ました。けちんぼうのバラモンは女房に言いました。

「五人も嫁がきてたまったもんじゃない。いいか、嫁たちにはめし粒一つだってやるなよ。嫁たちにはここから出てってもらおう」

五人の嫁たちは一日中めしも食べずにうろうろしていましたが、いつも水を汲みに行く井戸ばたにマカルのつるがあったので、水を汲みに行ってはマカルの実をとって食べていました。バラモンは嫁たちがめしも食わずに平気にしているのを見て、こっそり後をつけてみました。すると嫁たちはマカルの実をとってうまそうに食べています。

「なるほど、こういう訳だったのか」

嫁たちが帰ってから、バラモンはマカルのつるを切りにかかりました。すると、マカルのつるが言いました。

「バラモンさん、私がいつあなたに悪いことをしましたか?」

そこでバラモンは、

「ようし、お前がそう言うならおまえを切るのはやめてやろう。だが今日からお前の実の中身が猫の糞になるようにしてやる」

と言って、木に呪いをかけました。その日からマカルの実の中は猫の糞のようになってしまいました。

次の日、嫁たちが水汲みにきてマカルの実を食べようとすると、中が猫の糞のようになっているのを見て、嫁たちは

「もうここにはいられない」と言って、みんなそろって、足の向くまま家を出て行ってしまいました。

深い森の中をどんどん行くと、大きな家敷がありました。中にはだれもいません。入ってみると米でも粉でも何でもそろっているし、お金もたくさんあります。

五人は米の粉をついてピテ(おだんごのようなお食べ物)を作りました。そして久しぶりに腹のふくらむまで食べていました。すると、そこへ大きなヒヒが帰ってきました。その家はヒヒの家だったのです。五人があわてて米壺の中に隠れてようすを見ていると、ヒヒはヌカをいっぱい食ってから、大口を開けてグーグー眠りはじめてしまいました。

嫁たちは面白がって、ピテの残りをヒヒの口めがけてポンポンと投げ込んでやりました。するとヒヒは口の中に何かくちゃくちゃするものがあるのに気が付いて目を覚まし

「何じゃ、これは。俺はいつもヌカしか喰わんのに、今日は勝手に口のやつ、こんなうまい物を喰いやがって。ひとつ口のやつにおしおきをしてやらにゃいかん」と言って、鍛冶屋のところへ行きました。

「おい鍛冶屋、ひとつ頼みがあるんだ。おれのこの口のやつが勝手に妙なものを喰いやがる。この口にひとつおしおきをしてやっとくれ」と言います。

鍛冶屋が「どうすりゃいいんだい?」と聞くと、ヒヒは、

「いいから好きなようにやってくれ」と言います。

そこで鍛冶屋は真っ赤に焼いたすきをヒヒの口につっこんでやりました。ヒヒは、

「もっとやってやれ、もっとやってやれ」と言いながら死んでしまいました。

五人の嫁はぬしのいなくなった家で幸せに暮らしたそうです。

嫁が出て行ったバラモンの家は、その後、没落したそうです。

マカルの実は、このときから中身が猫の糞のようになって、食べられなくなったそうです。

西ペンガル州 チョッビス・ポルゴナ県採話

再話・挿絵:西岡直樹

– このお話について –

後半のヒヒの話はギャグが効いていて、聞き手の子どもたちは大笑い。ちなみに、マカルという実はカラスウリに似て和名をオオカラスウリ(学名Trichosanthes tricuspidata)といいます。実は球形で熟すと真っ赤になり、薬として利用されます。西岡直樹

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。

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第5話『爺さんの占い』

あるところに、大工の爺さんがおりました。ある日、爺さんが仕事部屋で大工仕事をしていると、台所から、「ジューン、ジューン」と、何かを揚げる音が聞こえてきました。

爺さんは、「ははあ、これは婆さんが揚げピテ(半月形の米粉団子)を作りはじめたな」と思って、その音のするたびに一つ二つと木に刻みをつけておきました。

しばらくすると婆さんが、できたての熱いピテを持ってきました。

それをうまそうに平らげてしまってから、爺さんは言いました。

「残りのピテも出してくれよ」

「もうこれでおしまいですよ」

婆さんがこうと言うと、爺さんは

「いやいや、俺にはわかっているぞ。お前はピテをこれだけ作ったじゃないか」

と言って数をピタリと当てました。

婆さんはびっくりしました。そして、これはてっきり爺さんが占いを覚えたのだと思いました。

婆さんは王様の城で下働きをしていました。ある日、お姫さまが耳飾りをなくして大騒ぎになりました。そのとき婆さんはお姫さまに自信たっぷりにこう言ったのです。

「私の亭主は占いを知っているから、あの人に頼めばすぐにありかを教えてくれますよ」

さっそく城から使いの者が爺さんを呼びにきました。

「これは困ったな、どうしよう。」

爺さんはこう思いながらも、とにかく城へ行き、しばらく考えこんでいました。すると王様が出てきて言いました。

「どうじゃ、占いは立ったかな?まあムリ(無糖のポン菓子)でも食べながらゆっくりやっとくれ」

と言って爺さんにムリを置いていきました。

爺さんはムリを持って池のほとりへ行き、ポリポリとムリを食べながら何と答えたらよいか考えていました。するとそこへ、お姫さまのお仕えをしている二人の女中が水を汲みにやってきました。ちょうどそのときムリを食べ終えた爺さんは、大きなため息をついてこう言いました。

「あーあ、この占いはナリ(できない)かパリ(できる)か…だ。まあ水でも飲むか」

すると、二人の女中があわてて駆け寄ってきて、爺さんの足もとにすがりついてきました。実をいうと、この二人は名前をナリとパリといったのです。二人はひざまずいて、

「どうか私たちの名を王様に言わないでください。首が飛んでしまいます。お姫さまの耳飾りを池の石段で拾ったのは私たちですが、あまり騒ぎが大きくなったので、申し出るのがこわくなってしまったのです」

 こういうと、サリーのはしに包んで隠し持っていた耳飾りを取り出して爺さんに渡しました。

「これは救われた」

爺さんは心の中でこうとつぶやくと、急いで王様のところへ耳飾りを持っていきました。そしてこう言いました。

「占いに出たとおり、耳飾りは池の石段に落ちていましたぞ。きっとお姫様が水浴びのときに落としたのでしょう」

爺さんは王様からたくさんごほうびをもらって、喜んで帰っていきました。

西ペンガル州 チョッビス・ポルゴナ県採話

再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。

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第4話『とんまな婿どん』

第4話『とんまな婿どん』

あるところに、年老いた母とえらくとんまな息子がいました。

ある日、息子は結婚式の行列を見てつぶやきました。

「いいなあ!おいらも結婚してみたいもんだなあ…」

これを耳にした母親は言いました。

「あれ、言ってなかったかい?じつは、おまえの結婚式はとうの昔、おまえが小さいころに済んでいるんだよ。おまえももう成人したから、嫁さんの実家に行っておいで」

翌日、息子は菓子の包みを持って、うきうきと家を出ていきました。しばらく行くうちに、自分の後をずっとついてくる者がいるのに気がつきました。自分が足を止めると、そいつも止まります。息子は何だかイヤなやつだなと思って、

「こらこら、お嫁さんのところへ行くんだから、ついてきたらダメじゃないか。これをやるから帰るんだぞ」

こう言って、シャツを脱いで投げてやりました。

それからまたしばらく行って後を振り返ると、まだそいつがついてきます。

「なんでおいらの言うことが聞けないんだ。それじゃあ、これをやるから、これで帰るんだぞ。」

息子はこう言うと、腰布を脱いで投げてやりました。

けれども、またしばらく行ってあとを振り返ると、まだそいつはついてきます。息子は、今度は菓子の包みを投げて、どんどん走って行きました。

ところが、しばらく行ってふり返ってみると、やっぱりそいつはまだがついてきいます。

「あーあ、おまえはどうしようもなくしつこいやつだな」

息子はこう言って、今度はカサを投げてやりました。

しかし、それでもまだついてくるので、息子はとうとう下着まで投げ捨てて走っていきました。

こうしてお嫁さんの家に着いたときには、薄暗くなって、やっとそいつもついてこなくなりました。じつは、そいつというのは自分の影だったのです。

息子は、身につけていたものは何一つなくなって、まるはだかになっていました。そして、お嫁さんの家に入るに入れず、牛小屋にもぐりこんでちぢこまっていました。そんなところへお姑さんが牛に干し草をとりかえにやってきました。お姑さんは小屋のすみの人影に気がついて、

「どろぼう、どろぼう!」

と大声で叫んだからたまりません。家中の者がみんな出てきて

息子はしこたまぶたれてしまいました。

それから、息子が持っていた母親からの手紙を見つけて、みんなは、これは泥棒でも何でもない、その家の娘のお婿さんだということが分かり、はだかになっていたいきさつも聞いたのですが、あまりのアホさにあきれて、決まっていた結婚を取り消しにしてしまったそうです。

西ペンガル州 チョッビス・ポルゴナ県採話

再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。

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第3話『かくせない秘密』

王様と床屋

ある国に王様がいました。その王様の頭には二本の角が生えていたのですが、そのことは誰にもないしょにしていました。

ところがある日、王様の髪を刈りにきた床屋に角のことを知られてしまいました。王様は言いました。

「このことは誰にも言うなよ。言ったらお前をヤリで突いてやるからな」

床屋は、しばらくは誰にも言わずに黙っていましたが、そのうち腹に何かがつまっているような気がして、どうしても言わずにはいられなくなりました。そこで床屋は誰もいない荒地のまんなかに行って、そこにあったニムの木に、「お前だけに教えてやるけど、王様の頭にゃ角が二本生えてるんだよ。」と言いました。そしてなんとなくすっきりした気持ちで帰って行きました。

それから床屋は王様の角のことはすっかり忘れてしまいました。そして、荒地のニムの木は王様の楽師に切られ、笛と太鼓の胴とドラをたたく棒にされてしまいました。

しばらくたったある日、お姫様の結婚式がありました。楽師たちはにぎやかに笛や太鼓を打ち鳴らして行列について行くことになりました。

ところが不思議、楽師が笛を吹くと笛は

「王様の頭にゃ、角がピーヒョロ二本ある」と鳴りました。ドラをたたくと 、

「ダレガイッタ、ダレガイッタ」と鳴り、太鼓を打つと、

「トコヤ、トコヤ」と鳴りました。

王様はこれを聞いて驚き、さっそく床屋を呼んで秘密のことを問いただすと、床屋は答えました。

「わたしは誰にも王様の角のことを言ったりしていません。ただ荒地の生えていたニムの木に言っただけです。」

これを聞いた王様は

「ニムの木に言ったのではしょうがない、どんなにかくしても、秘密というものはとんだところからもれてしまうものじゃ・・・」

こう言って、床屋をヤリ突きの刑にはしないで許してやりました。

再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。

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第2話『ワニとジャッカルの畑仕事』

サトウキビの穂を刈るワニ

ワニとジャッカルがいっしょに畑仕事をはじめたそうです。さて何を作ったかというと、初めに作ったのはジャガイモでした。ジャガイモは地面の下にできるに決まっています。地面の上にできる葉っぱなんか何の役にもたちやしない。ところが、ワニはこれを知りませんでした。わっさりと茂ったジャガイモ畑を見たワニは、ジャッカルをうまくまるめこんでやろうと思って言いました。

「きみが地面の下の方をとって、おいらが上の方をとることにしよう、それで文句はないかい?」

ジャッカルはただ笑って、「うん、それでいいや」と答えました。

ジャガイモができるころになると、ワニはジャッカルより先に畑に出かけていって地面より上の部分を全部刈り取っていきました。ところが家に帰ってよくよく見るとジャガイモなんか一個もついていません。あわてて畑にもどってみましたが、もうそのときは畑のジャガイモはジャッカルが掘った後でした。ワニはつぶやきました。

「そうか、これはまったくうかつだったな。このつぎは見てろよ」

今度は米を作ることになりました。ワニは、今度はうまくやってやろうと、ジャッカルに前もってこう言っておきました。

「おいらは上をもらうのはもうごめんだよ。今度はおいらに下の方をくれなくちゃね」

これを聞いたジャッカルは、ニヤリとして答えました。

「うん、それでいいや」

それから時もたって米がみのるころになると、今度は先にジャッカルが田んぼに行って、稲の根だけ残して上をぜんぶ刈りとっていきました。

さて、ワニはというと「今度こそうんと米を掘るぞ」とホクホクしながら田んぼに行きました。ところが田んぼを掘ってみてがっかり、根っこばかりで何にもありません。ワニはワラさえも得ることができませんでした。

ワニはぷんぷん腹を立ててジャッカルの家に行くと、こう言いました。

「こらっ、ジャッカルめ。今度は絶対きみには上の穂をやらないからな。穂はぜんぶおいらがもらうんだっ、いいなっ!」

「そんなに怒らないで、きみの言うとおりで文句はないよ」

ジャッカルは笑いをこらえて言いました。

今度作ることになっていたのはサトウキビだったのです。

それからしばらくして、サトウキビの刈り入れの時がきました。ジャッカルはワニがいうままに、先にサトウキビの穂をワニに刈らせておきました。そしてワニが穂をぜんぶ持っていった後で、茎の方を刈り取って帰りました。そして家でうまそうにかじっていました。

一方、ワニとはいえば、ススキの穂みたいなサトウキビの穂を家に持ち帰ってくしゃくしゃとかんでいました。けれど、何だかしょっぱいだけで、ちっとも甘くありません。しゃくにさわったワニは、サトウキビの穂をみんな放り投げて、ジャッカルのところへ駆けてってこう言いました。

「あ〜あ!もうきみなんかといっしょに畑仕事をするのはこりごりだ。ずいぶんバカ見たよ」

(『さいほう鳥のお話集』サウペンドロ・キショル・ライチョウドリより)

再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子

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第1話『象の腹に入ったジャッカル』

ある王様が大きくて立派な象を飼っていました。王様はその象をたいへん可愛がって、どこへ行くにもその象に乗っていきました。ところが、ある日突然その象が死んでしまったのです。王様はひじょうに悲しみました。できることなら象の亡骸をずっとそばに置いておきたいと思ったのですが、そうもいきません。王様は仕方なくその象を荒地に捨ててくるように命じました。翌日、五百人もの家来たちが象の足に太い網をかけ、それを引いて行きました。

その荒地には一匹のジャッカルが住んでいました。ジャッカルはこのところずっと獲物にありつけず、たいへんひもじい思いをしていました。そんなところへ大きな象が転がり込んできたのだから、ジャッカルの喜びようときたらありません。王様の家来たちが帰ってしまうと、すぐに飛んでってやわらかそうな象の腹のあたりにかぶりつきました。あんまり腹が減っていたジャッカルは、肉を喰い喰いついには象の腹の中まで入ってしまいました。そしてそのまま夢中になって喰い続けていました。こうしてジャッカルは二日も象の腹の中で肉を喰い、眠っていたでしょうか。

「腹もふくらんだし、さてここらで・・・」

ジャッカルは外に出ようとしてはたと困ってしまいました。二日の間日に照らされた象の皮はすっかり縮んで、穴が小さくなってしまったのです。腹のふくれたジャッカルは象の腹から出ることができなくなってしまいました。

ジャッカルが外を覗きながらどうしたらよいものかと考えていると、そこへ農夫が三人通りかかりました。ジャッカルは機転をきかせて象の腹の中から三人に呼びかけました。

「もしもし、そこへ行くお方、どうか王様のところへ行って、壺25杯のギー(バターオイル)を持ってきてわたしの体に塗るように言っておくれ。そうすれば私は再び起き上がって歩くことができるとね」

これを聞いてたまげた三人の農夫は、王様のところへ駆けつけてこのことを言いました。王様はたいへん喜んでこう言いました。

「ギー25壺じゃ少ない、すぐに千壺のギーを持っていって象に塗ってこい」

たちまち千人もの人夫が千個の壺を担いで行き、2千人もの人が寄ってたかって象にギーを塗りたくり始めました。それギー、やれギー、荒野ではギーよりほかの言葉は聞かれないほどです。

こうして7日も経つと象の皮もずいぶんゆるんで穴も広がってきました。出ようとすればもう出られます。ジャッカルは外のみんなに言いました。

「さあ立つぞ、よろけて倒れると危ない。みんなどいた、どいた!」

これを聞いてみんなは壺やらギーを放り出していっせいに逃げ出しました。

「逃げるにゃ今だ」

頭の良いジャッカルはすばやく象の腹から飛び出して、森の中へと姿を消しました。

採録・再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子

※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。