
あるところに、年老いた母とえらくとんまな息子がいました。
ある日、息子は結婚式の行列を見てつぶやきました。
「いいなあ!おいらも結婚してみたいもんだなあ…」
これを耳にした母親は言いました。
「あれ、言ってなかったかい?じつは、おまえの結婚式はとうの昔、おまえが小さいころに済んでいるんだよ。おまえももう成人したから、嫁さんの実家に行っておいで」
翌日、息子は菓子の包みを持って、うきうきと家を出ていきました。しばらく行くうちに、自分の後をずっとついてくる者がいるのに気がつきました。自分が足を止めると、そいつも止まります。息子は何だかイヤなやつだなと思って、
「こらこら、お嫁さんのところへ行くんだから、ついてきたらダメじゃないか。これをやるから帰るんだぞ」
こう言って、シャツを脱いで投げてやりました。
それからまたしばらく行って後を振り返ると、まだそいつがついてきます。
「なんでおいらの言うことが聞けないんだ。それじゃあ、これをやるから、これで帰るんだぞ。」
息子はこう言うと、腰布を脱いで投げてやりました。
けれども、またしばらく行ってあとを振り返ると、まだそいつはついてきます。息子は、今度は菓子の包みを投げて、どんどん走って行きました。
ところが、しばらく行ってふり返ってみると、やっぱりそいつはまだがついてきいます。
「あーあ、おまえはどうしようもなくしつこいやつだな」
息子はこう言って、今度はカサを投げてやりました。
しかし、それでもまだついてくるので、息子はとうとう下着まで投げ捨てて走っていきました。
こうしてお嫁さんの家に着いたときには、薄暗くなって、やっとそいつもついてこなくなりました。じつは、そいつというのは自分の影だったのです。
息子は、身につけていたものは何一つなくなって、まるはだかになっていました。そして、お嫁さんの家に入るに入れず、牛小屋にもぐりこんでちぢこまっていました。そんなところへお姑さんが牛に干し草をとりかえにやってきました。お姑さんは小屋のすみの人影に気がついて、
「どろぼう、どろぼう!」
と大声で叫んだからたまりません。家中の者がみんな出てきて
息子はしこたまぶたれてしまいました。
それから、息子が持っていた母親からの手紙を見つけて、みんなは、これは泥棒でも何でもない、その家の娘のお婿さんだということが分かり、はだかになっていたいきさつも聞いたのですが、あまりのアホさにあきれて、決まっていた結婚を取り消しにしてしまったそうです。
西ペンガル州 チョッビス・ポルゴナ県採話
再話:西岡直樹
挿絵:西岡由利子
※本文は、東京ジューキ食品ダージリン会刊『天竺南蛮情報』の『インド民話シリーズ』に連載していた文章を編集・加筆したものです。