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シアン村の池から出たアプサラス(飛天)

今年の夏も、制作のため西ベンガル州のアナンダ工房に滞在しています。
数年前、近所の池からこの石像の破片が、村人の投網に掛かって出てきました。
村の人たちは気持ち悪がって我々のところに持って来ました。私たちはこの石像を、大切に我がインドの工房の守り神にしています。“末永くインドと日本を往復できますように!”

この石像はおそらく仏教的なモチーフで、アジャンタ石窟(5〜6世紀)や、4年前に東京国立博物館の表慶館で行われた特別展「コルカタ・インド博物館所蔵インドの仏教美術の源流」に来ていた仏座像(7〜?世紀)の右上に飛んでいるアプサラス(飛天)に良く似ています。ここベンガルはかつて7〜12世紀まで仏教が盛んでした。そして、インドの中でも最後まで仏教が残っていた地域でもあります。7世紀初頭から半ばに統治したヴァルダナ朝の王ハルシャ・バルダナの時代に、玄奘三蔵がナーランダを訪れました。(630年頃)当時そこには各地から仏教を学ぶ僧侶が数千人来ていたと、彼は大唐西域記に記しています。

ベンガルではこの後13世紀、セーナ王朝で仏教が弾圧され、多数の仏教僧が殺されたそうです。仏教寺院や仏像も破壊され、命をのがれた仏教僧はチベット、チッタゴン、ビルマへ逃れました。この後もイスラム勢力、次いでムガール勢力に支配され、さらにヒンズー教から回教に改宗した人々も多い地域です。

この手のひらほどの石の塊により、この地に住んでいた過去の人々や、文化、宗教、生活まで、一気に想いを馳せることができるのが不思議です。何もなかったかのように雨季のベンガルでは地平の果てまで稲が植えられ、渡る風は稲の香りがします。1ヶ月の滞在を終え、もうそろそろ残暑の東京に帰ります。飛天に旅の安全を祈りつつ。由利子